マンチーニ

インテルの監督マンチーニほど審判に対して文句を言う監督は世界のサッカー界を見渡してもいないのではないだろうか。

このマンチーニの悪癖は監督になってから始まったことではない。
選手時代からそうだった。マンチーニはボローニャの選手として1981/82シーズンに16歳でセリエAデビューし、19年後の2000/01シーズンにイングランド・プレミアリーグのレスターシティの選手として引退した。その翌シーズンにはラツィオ監督エリクソンの下でコーチに就任、そして次のシーズンからフィオレンティーナの監督に就任、以後ラツィオ、インテルと今日まで失業することなくピッチ上で指揮を取り続けているのだから、トータルすると24年間に渡って文句を言い続けていることになる。
試合後にインタビュールームで質問に答えるマンチーニの声は常にかすれている状態だが、試合中選手に大声で指示を出している為だけではなく、審判に対して文句を言っていることも原因だろう。選手時代から天才肌だったマンチーニは自分が絶対に正しいと常に信じている(信じたい)ようだ。しかし現実はマンチーニの思い描くように進むとは限らない。そのような状況に陥った時、マンチーニの繊細な神経は苛立ち、上手くいかなかった原因を審判に求める。

本当はマンチーニ自身も上手くいかなかった本当の原因は審判のジャッジではないことを理解しているのだけれども、公の場で自分の非を認めたくないために審判に八つ当たりをしているのかもしれないのだが・・・。

昔マンチーニがサンプドリアのキャプテンを務めていた頃のことだが、サンプドリアのホームスタジアムで僕はサッカーにそれほど詳しくない友達と一緒に試合を観戦していた。ピッチ上のマンチーニはヒールキックの妙技を見せる等、持ち前のテクニックを思う存分披露しながら、味方選手に対してまるで監督のように指示を出していた。そこまでは良いのだが、審判がホイッスルを吹く度にマンチーニが口を挟み文句を言うのだ。それを見ていた友達は「性格悪そうな奴やなぁ。あんなのとぜったい知り合いたくないなぁ。」と呟いた。ピッチを降りたマンチーニは人当たりの良い人間らしいのだが、ピッチ上で受ける印象は正に友達が感じたとおりだった。この印象は監督になった今も変わっていない。

選手時代のマンチーニだが、セリエAで541試合に出場し156ゴールという素晴らしい成績を残している。ユーベ、インテル、ミランという3大クラブでプレーをせずに2度のスクデットを獲得(1990/91シーズンにサンプドリアで1999/00シーズンにラツィオで)していることも素晴らしい。しかし選手時代のマンチーニは156ゴールを入れたことよりも、偉大なるアシストマンとして人々に記憶されている。
ビアッリ、キエーザ、モンテッラ等どれだけのアタッカー達がマンチーニの絶妙なアシストの恩恵を蒙ったか計り知れない。
クラブチームでは常に陽の当たる道を歩いて来たマンチーニだったが、イタリア代表選手としての栄光にはあまり恵まれなかった。何よりの原因は同世代にロベルト・バッジョがいたからに他ならない。マンチーニはサッキ監督が率いた1994年Wカップアメリカ大会(イタリアは決勝戦でブラジルにPK合戦の末敗退した)出場のイタリア代表候補にも選ばれていたのだが、マンチーニ自らバッジョのサブに甘んじることを拒否し、代表選出を断った。

しかしイタリア国内ではサッカー史に名を刻む名選手の仲間入りを果たした天才マンチーニが国際的な名選手の仲間入りを果たすことが出来なかったのは、バッジョが存在した事が原因なのではない。何よりの原因はマンチーニが持っているここ一番での重要な試合で平常心を保てないという性格上の欠点があったからだ。そしてこの欠点は監督になってからも修正されていない。 僕はカペッロやアンチェロッティ等、こちらで多くの監督を選手時代から見てきているが、マンチーニほど監督としての資質を感じさせる選手はいなかっただけに何とも惜しい気がする。

この致命的といえるマンチーニの欠点が監督としての年輪を深める度に薄められていくのなら、イタリアサッカー史に名を刻む名監督の仲間入りを果たせる日が来るのかもしれないが・・・。 (了)