ローマから吹く風




ポンペイの生活

ローマから吹く風

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 ガイドお仕事の一環でポンペイへ行ってきた。
 お客様の意向でポンペイ専門のガイドさんをつけたので、私も便乗して話を聞くことができました。



マンガ学校

 火山灰に覆われて火事になったりしたので建物は下の部分しか残っていない。でも道はしっかり残って、町の区画がよく分かる。
 大きな石を敷き詰めて舗装してある。歩道としっかり分かれてる。歩道はちょっと高くなってる。



お店

横断歩道

 大きな石を並べて人が渡れるようにしてある。
 馬や奴隷が引く荷車が支障なく通れるように、車の幅に隙間を置く。
 ポンペイには下水がなかったので、汚水は道に流したそうだ。
 歩行者は汚物の中をあるかなくていいように高めの歩道を設置し、横断歩道も設置した。



マンガ学校

「小便無用」

 道の脇の壁は、かつては全て漆喰が施され、フレスコの装飾があった。
 で、この赤いへびさんは「小便無用」のお願いだそうです。



お店

水飲み場

 道にはところどころ、こうした貯水があって、水汲み場と水飲み場を市民に提供していた。水道を家の中まで引けるのは裕福層のみ。(女性像の口から出ている蛇口は近代につけたもの)
 女性像の脇のヘリが少し減っている。
 長年にわたって何人も、ここに手をついて女性像の口から出ている水を飲んだので、磨り減ったそうな。生活の跡だね。



マンガ学校

水道管

 家の壁に添って埋められた水道管がところどころ露出している。
裕福な家への配管と道の途中にある市民のための公共貯水槽への配管。



お店



 普通の家は、玄関(奥に見える鉄格子部分)から入るとすぐに水を貯める池のある部屋になり、その奥(写真手前)が家の主人の部屋だった。
 そこそこいい家だけど、貯水池があるということは、この程度の家では水道を引いてなかったということだね。



マンガ学校

看板「水運びます」

 水道のないほとんどの家は、水を瓶に汲んで家に運ぶ。その仕事を請け負う業者もいた、という証拠。
ポンペイは国際都市で、言葉の分からない人も多く訪れたそうな。看板は文字ではなく象形を多く用いた。奴隷が二人棒を担いで水瓶を運んでいる姿をレリーフに焼いた看板。



お店

パン屋のかまど

 かまどは現在の薪のオーブンと全く同じ形
 炭化した81個のパンが発見されたそうな。当時のパンは丸く、8等分に印をつけたもの。菊のご紋にちょっと似た感じのパン。



マンガ学校

製粉用の石臼

 パン屋の中にある石臼。製粉とパン屋と兼ねていた。
 うすのてっぺんに穴があり、そこから小麦を入れて、胴体にある穴に棒を差し込んで奴隷が回した。



お店

タベルナ

 今のイタリアで言うとBARになるのかな。
 昼ごはんを家で食べるのは稀で、このタベルナで軽く済ませるのが普通だった。店の中にテーブルなどを置くスペースがないから、立ち食べだったんだろうね。穴は鍋を置くためのもの。底に炭があって常時温かいものを提供することができた。
 なんか、それほど今と違った生活をしていたとは思えないね。